2015年5月7日木曜日

すべてがFになるのドラマをみた

今さらながら、森博嗣氏の「すべてがFになる」を読んだ。

ちょうどゴールデンウィークで時間が取れそうだったので、iBooksで検索して偶然それにしたというだけの理由。

最初は四季シリーズから読んだ。

天才・真賀田四季の思考トレースはとても斬新で面白く、1日で全シリーズを読んだ。

一気に読むとさらに理解が深まり、面白さが何倍にもなる。

物理学者らしい視点と本質を見抜いているような独特の表現は、森氏らしいといえるだろう。


全部読み終えてから、昨年ドラマ化されていることを知ったため、少し見てみることにした。

感想レビューなどにも書いてあったが、小説のイメージと世界観が良かっただけに、それがうまく表現されておらず、とても残念な感じという感想だ。

一言でいうなら、天才の醸し出す「インテリジェンス」が表現できていない。


福山雅治が演じるガリレオでは、それが感じられただけに、もったいないというか、残念というか。

執筆時期でいえば、ガリレオシリーズよりも先だったわけで、演者とシナリオによっては、評価は真逆になっていた気もする。


個人的には、ガリレオなどよりも、原作は数倍面白い。
しかし、であるがゆえにレベルが高すぎて、映像にして一般視聴者に理解してもらえる表現にしてしまうことで、魅力を削ぎ落としてしまったように思う。

まあ、あまりにも哲学的だし、適正な配役も難しいところだったのだろうけど。


映画化されたらいいのにな。