貴重な交代枠を1つ残し、ギリシャ戦でも吉田を前線に張らせてパワープレーしたのは、コートジボワール戦の自分の采配を正当化したかったからに他ならない。
コートジボワール戦で、これまで全く見たこともなかった吉田のパワープレーが不発に終わり、相当な批判が生じていたことはザッケローニ自身把握していたはずだ。
だからこそ、ギリシャ戦でもその采配をなぞり、何としてでも同じやり方で得点を取る必要があったのだ。
そうしなければ、コートジボワール戦の失策を自ら認めてしまうことになる。
その証拠に、試合後のインタビューで吉田のパワープレーについて厳しく追及されたことに対して、時間が戻っても同じ采配をすると言い切っていた。
つまりザッケローニは、結果としてうまくいかなかった自らの失策を認めて反省することもなく、こともあろうに開き直って正当化したのだ。
残念ながら、ザッケローニという人は大将の器ではない。
こんな人を大事な本大会まで引きずってきたサッカー協会が悪い。
本当に残念だ。
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