2012年9月26日水曜日

自民党 安倍新総裁誕生

先ほどの自民党総裁選挙によって、安倍さんが新総裁に選出された。

石破さんとの決選投票も、結果的に安倍さんが勝つこともある程度予想どおり。


それにしても、安倍さんと谷垣さんのスピーチは良かった。

言葉が力強く、覚悟がにじみ出ていた。


この流れだと、次期衆議院選挙では自民党が圧勝するかもしれない。

維新の会もそれなりに伸ばすだろうけれど、やはりタレント不足は否めないだろうし、今日の様子を見る限り、思いのほか安倍さんのリーダーシップが頼もしく、橋下さんと比較しても見劣りしないように思える。

また、橋下さんは自身が総選挙には出馬しないということも表明しており、維新の会が国政選挙代表者をたてたとして、安倍さんと比較して勝てる人を立てるのは、そう簡単ではないだろう。

結果として、民主党は大敗するとして、維新の会も、みんなの党も期待するほど票が伸びない可能性が高い。


自民党は腐っても自民党だったということか。

2012年9月25日火曜日

政治家は武将たりえるのか?

自民党総裁選を明日に控えて、尖閣問題や竹島問題などがあったが故に、領有権や国土保全についての話題が多い。

総裁候補の話を聞いていると、国土と領海を守るために、毅然とした対応で国益を守るというニュアンスで話しているけれど、実際に総裁自身が現場で対応するわけではない。

勇ましいことを言えば言うほど、口先だけに思えるのは僕だけだろうか。。


昔のリーダー、特に武将と言われる人たちは、自ら甲冑を付け刀を握り、時には最前線での戦いにも参加しながら采配をふるい、自分たちの領地を守っていた。

つまり、実際に自らの命もかけるリーダーとして戦っていたのに対して、今の政治家がいくら勇ましいことを言ったとしても、紛争の最前線に赴いて、最前線で指揮をとることなど考えられない。


また、現代の世界情勢を鑑みれば、実際に近隣諸国と戦火を交えるということは民主国家としてお互いにダメージが大きすぎる。

様々な国同士で複雑に関係し影響し合う存在になったことが、戦争することの抑止力となったのだ。

これは、世界全体が経済発展し、豊かになってきたことの一番の成果と言えるかもしれない。

そして、この状況は中国や東南アジアの経済発展がこの数年で急速に進んできたために実現したものでもある。


さて、そのような急激に変わってきた世界情勢の中において、国益とか権益とかという言葉で領土領海を守るという話を聞いてみても、かえって現実味を感じないのである。

誤解を恐れずに言うのであれば、無人島である尖閣諸島を誰かの命をかけて守らないといけないと言っている人の思考回路は理解に苦しむ。

これが実際に日本人が住んで生活している沖縄とか日本本土とかなら理解できるけど。


なので、中国や韓国の過剰な反応によって触発されたおかしなナショナリズムによって、本来重視しなければならない本質的な問題から的が外れてしまっているのではないかと危惧するのだ。

今、日本が立ち向かわなければならない脅威は、中国なのか? 韓国なのか?

全然違うでしょう。


もはや、そういう概念で語れるような悠長なことは言ってられなくなってきている時代なのです。

無差別テロ、
世界的な流感、
人口増による食料不足・水不足、
急激な気候変動、
大規模自然災害、
過度に依存したITに対するシステムリスク

これらは世界的に対応を迫られている危機であり、国という概念よりも「人類」としてどう立ち向かうかということを真剣に考え、協力しながら立ち向かって行かなければならない問題だ。


この数年で劇的に世界が変わったことを認識しなければ、本当に進むべき日本のあり方を見誤るのではないかと危惧するのだ。

そういう点で、維新の会の橋下代表が、竹島は共同管理を念頭に議論すべきと発言したことは、極めて現実的であり、現在の世界の本質をよく理解しているものだと感心した。

問題は解決するためにあるのであって、先延ばしにするためでも、大きくするためでもない。


国益を守ると主張することは、必ずしも日本と世界の安全と幸福な生活を守ることにつながらないという認識を持てば、軽々しくそんな主張はできないはずなのだ。

つまり、そういう発言をしてしまうということは、よほど現代の世界の状態を理解できていないか、自らが紛争の最前線にでていってでも領土領海を守ると本気で思ってない証ではないだろうか。

武将としての胆力もないのに勇ましいことを言うべきではないのだ。




2012年9月19日水曜日

餃子の王将ショック

東京で1人で生活している僕にとって、餃子の王将はとても心強い飲食店の1つ。

家の近くの王将には、月に3〜4回行っている。

いつも注文するのは「チャーハンセット」

チャーハンに定番の餃子1人前と野菜サラダとスープ、唐揚げ・焼売がついたボリュームがありバランスのとれた定番メニューだ。

ある日、僕はいつものようにカウンターに座ると同時に、チャーハンセットを注文。

すると、2分もたたないうちにチャーハンとスープと唐揚げだけ先に運ばれてきた。

何だかいつもより早い。。。

でも、サラダは野菜サラダではなくてポテトサラダだし、
いつもは焼売2つなのにゆで卵1つになってる。。。


何となく納得いかないなーと思いながら、まずはチャーハンを1口。

あれ???
いつもより味がうすい。てゆーか、味付けしてるのか?? 
味気ないチャーハンって、お米が油を吸ってる分まずく感じる。。。

でもまあ、塩分控えめで身体に良いかもとか妙に自分を納得させつつ、唐揚げを1口。

グニャ?????
中まで火が通ってなくて、まるっきり生だ。

さすがに店員に言って取り替えてもらう。


そうこうしていると餃子が運ばれてきた。

むむむ?????
なんかグチョっとしていて、いつものパリパリ感がない。。。


改めて唐揚げが来た。
今度は包丁で切って中まで火が通っているか確認している。

王将らしくないし、厨房の人が変わったのかな? などと思いながら、
薄味のチャーハンを最後食べようとした瞬間、、

ガリっ!!!

なんか固いものを噛んだ。
米に入ってた石か?


最後の最後でも後味悪かった。

食べ終わったらすぐに席をたって、レジで精算。

店長がわざわざ対応してくれて唐揚げが生だったことをお詫びされたが、
唐揚げのこともあるけど、今日はいつもより美味しくなかったよ。。と一言告げて店をでた。

これまで30店舗以上300回以上、王将に行ったことがあるけれど、一番最悪だった。


僕も飲食店でバイトをした経験があるのでわかるが、たまにどういうわけか気合いが入らない日がある。

そういう日は何でもないミスを重ねてしまう。

たまたまそういう日に、重ねて僕にミスのしわ寄せが来ただけなのかもしれない。

でも、これまでヘビーユーザーだっただけに、かなりがっかりだった。


まあ、たいした話ではないけれど、きょうび、まずい飲食店に出会うことが稀なので、
それが王将だったことがショックであった。

信頼関係は1度の裏切りで脆くも崩れてしまう。

一期一会を大切にする精神は、永続的な繁盛店の必要条件だ。




中国リスク

中国全土の約40カ所で反日デモ デモ隊が一部で暴徒化



いまさら言うまでもないのだが、中国という国はリスクが高い。

みんな薄々わかっていたはずなのに、目先の利益とみんなで渡れば怖くない的な安易な発想が、結果的に今回の被害を招いてしまった。

もちろん、それらのリスクはわかっていながらも、メリットのほうが大きいと判断して進出していたのだろうけど。


商いの原則は信頼関係が構築できるかどうか。

そういう意味で、今回のデモという名のテロ活動で示されたのは、あまりに未成熟な民度と鬱憤の溜まった感情が爆発した、とても信頼関係など構築できないと思える惨状だった。

あの映像を見て、これから中国でビジネスしたいと思う人は、よほど中国好きで気合い入ってるか、馬鹿かどちらかではないだろうか?


いま、経済成長している国なんていくらでもある中で、あえて中国に進出する意味が僕にはさっぱりわからなかったけど、最悪な形で証明されてしまったな。。。

もともと、バブル崩壊リスクはかなり言われていたし、今回のような暴動が起こった時に財産権が保護されない可能性がある国で、まともに投資して事業なんてできないよね。


てなわけで、賢明で真っ当な日本人の皆さんは、もっと安定的に事業が営める国に進出しましょう。



2012年9月18日火曜日

社会活動の目的が変わる時代

最近、幸せになるというのはどういうことだろうかと、ふと考える。

幸福の考え方は人それぞれ。

貧乏でも幸せだと思う人もいれば、金持ちでも不幸だと思っている人もいる。

同じような環境でも、その人の受け止め方によって幸福度というものは違ってくる。


一方で、世の中が豊かになる=幸せになる人が増える と定義すると、
豊かになるという指標を幸福度が増すということに置き換えることができる。

「何が」豊かになれば幸福につながるのだろうか?

人々の生活が?
経済が?
モノが?
心が?

しかし、これらは全てつながっており、どれか1つだけ豊かにできるというわけではない。
とにかくこれらを豊かにしていきたいという強い想いと努力こそが、この人間社会を発展させてきた原動力だった。


さて、そこで日本の現状を見てみたい。

この20年もの間、日本の1人あたりのGDPはほとんど向上していない。

つまり、日本人1人が産む出す社会的付加価値はこの20年間ほとんど上がっていないということだ。

これだけIT化や技術革新が進んだのにも関わらず。

これは、1990年ころまでは、何か「新しい価値を産み出す」ことによって世の中が豊かになったり便利になったりしてきた時代であったのに対して、それ以降の時代は
「新しい価値に置き換える」ことによって発展してきたからではないかと思う。

たとえば、昭和の家電三種の神器であったテレビ、冷蔵庫、洗濯機の登場と普及は、明らかに国民の生活を便利にし豊かになった実感をもたらしたが、根本的な付加価値はすでに40年前に達成されており、それ以降の商品は機能強化という代替えにすぎない。

この20年間で劇的な社会的変化をもたらしたものといえば、携帯電話とインターネットが挙げられるが、社会が圧倒的に便利になったと同時に、情報の壁と複写のコストが圧倒的に安くなってしまったため、社会的生産性は相殺されてしまったように思う。

インターネットを見るようになって新聞を読まなくなったとか、携帯電話の普及によって固定電話や公衆電話が減り、さらにゲーム端末の販売も減少してしまったとか。


いずれにしても、これからの世の中というのは、一部で革新的な技術や商品が生まれて普及したとしても、それは従来から存在している社会的機能の代替に過ぎず、そしてその機能が人間からその作業を奪うものであったとするならば、社会全体としては生産性が低くなるということを意味する。

これまでの人類は、”生き残るため”に社会活動を行ってきたわけだが、そういう時代が徐々に終わりを告げ、”人間らしく幸せを感じるため”に社会活動をするようにシフトしていく。


さて、そうなった時にいわゆる需要はどのように推移するのだろうか。
本来、生き残るためには必要のない需要を、わざわざ作りだす必要がでてくる。

ほとんど0でも困らない人もいれば、とにかく周りからは無駄と思われるようなことでもとめどなくやり尽くしてしまう人もでてくるだろう。

人は、今までに経験したことのないものやサービスに魅力を感じる。
その圧倒的な先進性に人々の興味と富が集中し、またさらに新しい革新に興味と富が移って行く。

Apple社の快進撃はまさにこの象徴と言えるだろう。

これからますますこの傾向が強くなるはずだ。


この先50年という時間軸で事業展開を考えるならば、このことを必ず念頭においておく必要がある。


2012年9月15日土曜日

なぜ自民党総裁選はつまらないのか

さっき、報道ステーションで自民党総裁選の5候補が出演して、各人の主張を発言しているの見てしまった。

次の総理大臣候補の方々という表現などがあり、もう痛すぎて見ていられない。

もし、民主党の自滅によって転がってきた比較第一党が自民党になってしまった場合、本当にこの人たちの誰かが総理大臣になってしまう。

どの候補も何の特徴もないし、何を成し遂げたいのかはっきり主張しないしできない。

僕は野田さんの向かっている方向性が間違っていると思っているので全く評価していないが、首相としての力量は、自民党の総裁候補5人よりは上だと思う。

まあ、どちらにしてもどんぐりの背比べだけどね。


そりゃ維新の会に期待がかかるわ。

その維新の会も、先日の討論会を見ている限りでは多くは期待できそうにないし、
やっぱり橋下さん本人で国政選挙にでて、総理大臣にならなければ、リーダーシップを発揮して国の形をリニューアルすることは難しいのではないだろうか。


総理大臣を目指す人を2種類に分類すると、

①総理大臣になることが目的の人
②総理大臣になることは自分が本当に成し遂げたい目的を達成するための手段と考えている人

に分けられる。

この本当に成し遂げたいと思っていることに大義があるのか、
信念を持って本気でそれを強くコミットしているか、話を聞いていれば多くの国民は感じ取ることができる。
そして、国民は誰がどちらに該当するのか適切に見極めようとしている。

小泉さんと橋下さんは間違いなく後者。
野田さんもこちらかな。ただし方向性が間違っているけど。
鳩山さんもそうだと思う。ただし力量がなさすぎた。

今回の自民党総裁選候補の中では、安倍さんくらいか。でも首相経験者ということを考えればやはり迫力不足。

その他の人たちは、全部総理大臣になりたい人のように見える。


昔、お世話になった人に言われた言葉がある。

「野球で4番になりたいと思うな。4番を打てるようになれ」

4番になりたいと思えば、自分の実力が伴わなくても、周囲の人間を陥れたり、誰かに媚を売ったりしてもなることができる。
でも、メッキはすぐに剥がれるだろうし、決して長続きはしないだろう。

実際のプロ野球のような実力世界では、そんなことは起こりにくいのだろうが、ある程度組織のヒエラルキーが存在する世界では、そんなふうに考える人はでてくるものだ。

で、実際に実力がないのにその地位に就いてしまうことがある。
そうなると、その組織全員が不幸になる。

やっかいなことに、そういう組織的ヒエラルキーが存在する世界では、トップリーダーの地位は一度決まるとよほどの理由がない限り周囲から追いやることはできない。たとえ実力が伴っていないと思われていたとしても。

前首相の管さんがその典型例。
周囲は辞めさせたかったが、なかなか実現しなかった。


話を自民党総裁選に戻すと、

去年、たまたま自民党の政治資金パーティーに参加したことがあって、
そこに来ていた自民党政治家の話を聞いていて、こりゃダメだと思ったのを思い出した。

今回の総裁候補の人もいたなぁ。。。
ぜんっぜん大物オーラなくて、びっくりするくらい小物感を感じたけど。

彼らは昔の良き時代の自民党(の利権構造)を復活させたくて仕方がないようで、
この数年で、世界は劇的に変化していて、これまでの意識ややり方では通用しなくなっていくことを全く理解できていないようだった。


その時僕はこう思った。

ああ、政治家というのは、世の中で最も社会的生産性の低い人たちなんだと。

そう、政治家の99%は社会的生産性はとても低い。
むしろ官僚のほうが実務を遂行し世の中を動かしているという点ではるかに生産的だ。

しかし、ごくまれに強い信念と実力が伴う政治家がでてくると、世の中を大きく動かすとてつもない原動力になる。これは政治家にしかできない大きな仕事だ。

その1%の特異な政治家が抜群に生産性が高いため、残りの政治家の低レベルさを埋めてしまえるのだ。

1%でも多すぎるかも。。。もっと低いかもしれない。。。


今、この日本に必要なのは、圧倒的に社会生産性の高いたった1人の政治家。
その他大勢がいくら頑張っても大同小異。


そして、現時点でもっとも社会生産性が高いであろう存在は、間違いなく橋下さん。


やっぱり国政選挙にでて、総理大臣やってほしいな。
自民党総裁候補の話を聞いて、心からそう思った。

でないと、また4年間無駄になってさらに日本が沈没してしまう。
無駄にするくらいならまだましで、下手すると沈没を加速させかねない。


橋下さん、次の次では遅きに失するかもしれないですよ。

時は今 維綱の刷新 橋の下